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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)567号 判決

原告(脱退) 桜井重次郎

被告 谷正

参加人 寺田ユキ

主文

参加人の請求を棄却する。

訴訟費用中参加人と被告との間で生じた分は、参加人の負担とする。

事実

参加人訴訟代理人は、「被告は、参加人に対し、別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を同土地上にある同目録記載の各建物を収去して明渡し、かつ、二万七五七五円二八銭並びに昭和三二年一二月一日から右土地明渡しずみに至るまでの間一カ月五三八二円六六銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求原因として、

(一)  原告は、昭和一九年三月二八日訴外花井純三から本件土地を買受け、同時に同訴外人、被告先代勇次郎間の右の土地に関する賃貸借契約(賃料月額坪当り一〇銭、毎月末日支払い、期限の定めなし。)の賃貸人たる地位を承継し、その後被告は昭和二二年二月二四日家督相続により、右勇次郎の賃借人の地位を承継した。

原告は昭和二四年中被告に本件土地の明渡を求めるべく東京地方裁判所へ訴を提起したが、昭和二五年六月一五日原、被告間に次の事項等を内容とする調停が成立した(同庁昭和二五年(ノ)第四八号建物収去土地明渡調停事件)。

(1)  原告は前同日被告に対し原告所有の本件土地を代金三万五〇〇〇円にて売渡し、被告は代金のうち一万五〇〇〇円を同年七月三一日に、残額二万円を同年一〇月三一日に原告に支払うこと(以下「本件売買契約」という。)。

(2)  原、被告は、前同日本件土地を目的とする賃貸借契約を合意解除すること。

(二)  しかるところ、被告において昭和二五年一〇月三一日に支払うべき前記代金二万円のうち一万円の支払をしないので、原告は昭和二六年九月四日執行吏に委任して右残代金の支払を被告に請求し同人の有体動産を差押えた。しかるにその後も被告において右の代金を支払わないので、原告は、昭和二七年一一月二〇日付翌二一日到達の内容証明郵便をもつて被告に対し、「この郵便到達後三日間以内に残代金を支払われたく、もしその支払がないときは本件売買契約は当然に解除されたものとする。」旨催告並びに条件付契約解除の意思表示をした。

(三)  しかるに、被告は右の催告期間を徒過したので、前記条件付解除の意思表示はその条件が成就して効力を生じ、本件売買契約は同月二四日をもつて解除され、本件土地の所有権は原告に復帰した。その後参加人は、昭和二九年四月二八日同土地の所有権を原告から譲り受けた。

(四)  被告は、前記のとおり本件売買契約の解除によつて本件土地の所有権を失い、同土地を占有し得るなんらの権原を有しないのにかかわらず、昭和二九年四月二八日以前から本件土地上に別紙目録記載の各建物を所有し右の土地を不法に占有している。

(五)  よつて、参加人は、被告に対し、本件土地を同土地上にある前記建物を収去して明渡し、かつ、被告の前記不法占有による損害の賠償として、被告が本件土地に対する不法占有を開始した後である昭和二九年四月二八日から右収去明渡しずみに至るまでの間前記申立のとおりの公定賃料相当の金員を支払うことを求める。

と述べ、被告主張の抗弁事実を否認し、

立証として、甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三、四号証、同第五号証の一ないし三、甲第六号証の一、二、同第七号証、同第八号証の一、二、同第九、一〇号証、同第一一号証の一、二、同第一二号証の一ないし六、同第一三号証、同第一四号証の一、二及び第一五号証を提出し、証人桜井重朗、原告本人及び参加人本人の訊問を求め、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、

答弁として、「請求原因事実のうち、その(一)は認める。その(二)のうち参加人主張の内容証明郵便が昭和二七年一一月二一日被告に到達したことは否認する。その他は認める。右の日時頃被告は肺結核のため療養中であり安静度三度であつたため、右の内容証明郵便を了知していない。その(三)のうち被告が参加人主張の金員をその主張の期間内に支払わなかつたことを認め、その余を不認する。その(四)のうち被告が本件土地上に別紙目録(二)(1) 、(三)及び(四)記載の建物を所有していることは認めるが、その他は否認する。同土地上にある同目録(二)(2) 記載の建物は訴外渡辺孫一郎の所有である。」と述べ、

被告の主張として、

(一)  仮りに、原告の被告あて昭和二七年一一月二〇日付催告並びに条件付契約解除の意思表示を内容とする書面が翌二一日被告に到達したとしても、当時被告は肺結核を病み、その療養のため全資金を傾けた後で、前記の書面到達の日から三日間という短期間内に一万円を調達して原告に支払うことは、到底不可能であつた。即ち右の期間は、契約解除の前提としての催告の期間としては相当でないから、右の書面による条件付契約解除は、その効力を生じない。

(二)  右の主張が認められないとしても、原告の代理人たるその子重朗は、昭和二七年一一月二一日頃被告に対し前示残代金一万円の支払を同年一一月二四日以後まで猶予し、被告は昭和二八年一〇月七日右の金員を弁済供託したから、前示条件付契約解除の意思表示はその効力を生じない。

(三)  右の主張も理由なしとするも、原告による本件売買契約の解除は権利の濫用であつて無効である。即ち、(イ)被告は昭和二七年四月頃から肺結核を患い、勤務先を退職して療養につとめたが、原告による前記の解除権行使の当時には、療養のため資産を失い、生活扶助によりかろうじて生計を維持しつつ、安静度三度の病状にあつた。(ロ)一方原告は、本件土地によつて生計を計る必要はなく、また自ら本件土地を使用する必要性もなかつた。(ハ)被告が本件土地上に所有する別紙目録記載の建物((二)(2) を除く。)を移築すべき土地を入手することは、殆んど不可能であり、これら建物を収去するときは、被告及びその家族をはじめ約一六名の居住者は、直ちに路頭に迷わねばならないのみならず、時価一五〇万円の右建物を破壊することは、社会的にも不経済である。

(四)  仮りに参加人主張の日本件売買契約が解除され、本件土地の所有権が原告に復帰したとすれば、本件土地に関する賃貸借契約の合意解除は、本件売買契約の成立を前提とし、これと不可分の関係でなされたものであるから、本件売買契約の解除に伴い前記の賃貸借契約は当然に復活し、被告は本件土地の賃借権を有するにいたつたから本件土地の占有は正当である。

と述べ、

立証として、乙第一ないし第三号証を提出し、証人谷さと、同清水広及び被告本人の訊問を求め、「甲第一一号証の一、二、同第一二号証の一ないし六の成立は知らない。その余の甲号各証の成立を認める。」と述べた。

理由

(一)(1)  昭和二五年六月一五日東京地方裁判所昭和二五年(ノ)第四八号建物収去・土地明渡調停事件において原、被告間に、(イ)原告は前同日被告に対し原告所有の本件土地を代金三万五〇〇〇円にて売渡し、被告は代金のうち一万五〇〇〇円を同年七月三一日に、残額二万円を同年一〇月三一日に原告に支払うこと。(ロ)原、被告は、前同日本件土地を目的とする賃貸借契約を合意解除すること等を内容とする調停が成立したこと。

(2)  被告が原告に対し昭和二五年一〇月三一日に支払うべき前記代金二万円のうち一万円の支払を滞つたことは、当事者間に争いがない。

(二)  参加人は、原告において被告に対し昭和二七年一一月二〇日付翌二一日到達の内容証明郵便をもつて前記延滞代金の支払方の督促並びにその不払を条件とする契約解除の意思表示をしたが、被告が催告期間を徒過したため、前記売買契約は同年一一月二四日をもつて解除され、本件土地の所有権は前同日原告に復帰したと主張する。

(1)  よつて按ずるのに、成立に争いのない甲第六号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、原告が被告に対し昭和二七年一一月二〇日付をもつて、郵便到達後三日間以内に残代金一万円を持参支払われたく、もしその支払がないときは、本件土地の売買契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示を内容とする内容証明郵便を発し、右郵便が翌二一日被告に配達されたことを認めることができる。

被告は、右内容証明郵便到達の当時肺結核を患い安静度三度の状態にあり、右内容証明郵便による原告の催告並びに条件付契約解除の意思表示を了知しなかつたと主張し、証人谷さと、清水広の各証言、被告本人尋問の結果によれば、被告の右主張事実を認めるに十分である。しかしわが民法が隔地者に対する意思表示の効力発生時期につきいわゆる到達主義をとり(民法第九七条第一項)、通知が相手方に到達したとき、即ち通知が社会観念上一般に了知し得べき客観的状態に置かれたとき、意思表示はその効力を生ずるものとなす以上、前記の内容証明郵便による原告の催告並びに条件付契約解除の意思表示は、右の郵便到達の日たる昭和二七年一一月二一日その効力を生じたものとせねばならない。尤も当時被告が意思表示の受領能力を有しなかつたとすれば、また自ら結論を異にすることとなろうが、被告が肺結核のため安静度三度の状態にあり、医師から読み書きを禁ぜられていたことをもつて、被告が意思表示の受領能力を欠いていたものとなすことはできない。なんとなれば、当時被告は原告の意思表示の内容を理解する能力自体を失つていたのではなく、唯医師から読み書きを禁ぜられたため、事実上原告の意思表示を了知しなかつたのにすぎないからである。

(2)  次に被告は、原告が残代金一万円の支払について付した三日間の催告期間は、相当でなく、契約解除は不適法であると抗争するが、成立に争いのない乙第一号証、証人桜井重朗、原告本人尋問の結果によれば、被告が昭和二五年一〇月三一日に支払うべき売買残代金二万円のうち一万円について支払を滞つた後、原告は、被告に対し右金員の支払を求めるべく、昭和二六年八月一日付葉書(乙第一号証)をもつて、また同年九月四日には、東京地方裁判所執行吏に委任し口頭をもつて督促したほか、数回にわたり催告を重ねたことが認められるのであつて、内容証明郵便による三日間の最終的催告期間は、前認定の催告に付加してなされたものであつて、これを全体としてみるとき、契約解除の要件としての相当の催告期間というに妨げなく、被告の右の主張は採用に値しない。

(3)  さらに、被告は昭和二七年一一月二一日頃原告代理人桜井重朗が被告に対し残代金一万円の支払を同年一一月二四日以後まで猶予し、被告は昭和二八年一〇月七日右の金員を弁済のため供託したから履行の遅滞はなく、前示条件付契約解除の意思表示は効力を生じないと主張する。しかし、被告の提出、援用にかかるすべての証拠によるも、原告の子たる重朗が原告の代理人として、原告が被告に対して示した残代金一万円の支払期限を延長し、あるいは、右金員の支払を猶予した事実は、これを確認することができないから、被告の右の主張は、採用することができない。

(4)  被告は、原告による前示売買契約の解除は権利の濫用であつて、その効力を生じない旨主張する。

よつて按ずるのに、証人桜井重朗、谷さと、清水広の各証言、原、被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告が被告に対し本件売買契約につき条件付解除の通知をした昭和二七年一一月二一日当時、(イ)原告は、すでに売買代金三万五〇〇〇円のうちその大半の二万五〇〇〇円を被告から受領していたこと。(ロ)被告が当時重患の肺結核患者として病床にあり、生計は極度に窮迫して妻谷さとの妹等及び東京都から生活費、医療費の扶助を受け、かろうじて生きのびていたこと。(ハ)原告自ら本件土地を使用すべき格別の必要性はなかつたのにひきかえ、被告は本件土地の所有権を失い、その結果その地上建物を収去するの羽目に陥る時は生活の本拠を失うにいたることを認定することができ、右の認定を妨げる証拠はない。

以上の認定事実に基き考察するのに、原告による前示解除権行使の結果原告の得る利益は勿論小なりとしないが、売買代金三万五〇〇〇円のうち一万円の支払を遅滞したことにより被告の蒙るべき損害が余りに大きく、両者を比較考量するとき結局原告による前示解除権の行使は、正当な権利の行使としてその効力を生じないものというべきである。したがつて、本件土地の所有権は、原告に復帰することなく、参加人主張のごとく、昭和二九年四月二八日参加人が原告から本件土地の所有権を譲受けたとしても、参加人はこれを取得するに由なしとせねばならない。

(三)  よつて、参加人が本件土地の所有権を有することを前提とする本訴請求は、他の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 磯崎良誉)

目録

(一) 東京都板橋区双葉町二三番地二

一、宅地 九四坪

(二)(1)  同所同番地所在、家屋番号同町二三番一三

一、木造亜鉛葺平家二戸建一棟建坪二六坪のうち向つて左の一戸建坪一三坪

(2)  同所同番地所在同家屋番号

一、前同建物のうち向つて右の一戸建坪一三坪

(三) 同所同番地所在家屋番号同町二三番一四

一、木造和瓦葺平家建一棟延坪一三坪五合

一、木造亜鉛葺平家建一棟建坪七坪五合

(四) 同所同番地所在

一、木造亜鉛葺平家建一棟建坪五坪

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